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誰でもできる成年後見

 

このHPの目的

 

成年後見に資格は必要か

 成年後見制度は、民法の関係のいろいろな法律によって、制度が構成されています。通常の在り方を簡単に言いますと、

 1.被後見人関係者(家族等)は後見人を家庭裁判所に申請する。

 2.家庭裁判所はあらかじめ候補になっている後見人希望者から後見人を選ぶ。

 3.家庭裁判所は、被後見人と祖関係者に後見人の選定を通知する。

ということになります。

 そして、後見人の候補者は、被後見人の家族と弁護士、司法書士等の資格者となっています。

 成年後見制度は、2000年の法律後、すでに十数年が経過しました。そして、大きな問題も指摘されています。それは、被後見人からの必要性に対して、後見人が絶対的に不足しているということです。

 行政としても後見人不足対策のために後見人育成をやっていますし東京大学でも「市民後見研究実証プロジェクト」という後見人育成講座を開催しています。

 その結果、行政や家庭裁判所は後見人の候補者としては、上記の資格者のほか、行政や東大の後見人講座を修了した人に絞っています。

 これらの外にも後見人を希望している人はいます。NPOを代表とする市民団体がその代表です。最近は「市民後見」という呼び方もされるようになりました。

 法律的には、後見人は市民であればだれでもなることができます。行政でも今後の後見人不足に対応するため、NPO等に参加してもらうべきだ、という提言はされています。しかし、東京都でも、内規ということでしょうか、市民後見は認めていないのが実体です。
(行政としては、関係する講座や教育を受けた人を後見人とすることを「市民後見」と定義しています。)

 そもそも、判断能力が低下した方のお世話を一人でできるものでしょうか。法律的には、後見人は実際のお世話をするわけではなく、財産管理とお世話のおぜん立をする、ということになっています。また、後見人の役割は被後見人の死で終了するので、お葬式等は後見人の仕事ではない、とされています。

 しかし、そううまくいくものでしょうか。後見人の必要とする方は、家族がいない方も少なくなく、日常のお世話や死後のお世話を無視することはできません。後見人の報告でもそういう例はいくらでもあります。

 そう考えますと、一人の被後見人の方に一人の後見人がつく、という、行政の基本的な考え方には首をひねらざるを得ないのです。行政が考えているのは、財産管理の安全性だけであって、その結果、「信頼できる人」を考えています。ある行政の担当者に聞いたことがありますが、「NPOはひとりひとりの顔が見えないので、信頼できない。」とのこと。

 これから、多くの後見人が必要とされている時に、「顔が見えない」とは、どういうことでしょう。どこの会社でも社長が全社員の顔を知っているわけではありません。「信頼」というキーワードでつながっているのです。成年後見こそ、信頼のネットワークで解決すべきでしょう。

 一人の被後見人が必要とする事項は多方面にあります。それに対して、複数のお手伝いがつく、ということが、被後見人の尊厳を守るために適当な方法であろうと考えざるをえません。そして、そのような対応が可能なのが「市民団体」であろうと考えています。

 早晩、現在の行政の制度は壁にあたるだろうと考えられますし、その壁を打破するには市民後見しかない、というのが、私の基本的な考え方です。

 市民後見を制度としてではなく、社会の仕組みとして、「だれでもできる成年後見」として確立しなければならないと考えています。

 

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